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2009/05/23

電子書籍

日本から、任天堂DS-Lite と、「DS 文学全集」を仕入れてきました。

元々読書家-というか、活字がないと生きていけない人なので、こちらにも山ほど本を持ってきているわけです。が、元来「乱読家」でもあるので、日本から本を仕入れてきてもあっという間に読み終わってしまう燃費の悪さでございます。

そんなわけで仕入れた「DS 文学全集」。こりゃぁ良いと。
文庫本で100冊分、ハンドキャリーしたら大荷物だし、それ以上に重量オーバー→超過料金という事態は避けがたいと。そんな分量がDSカード一枚に収まって、実にお手軽。カフェでコーヒーを飲みながら漱石にしようか芥川にするか、或いは鷗外にするか悩む-などという贅沢も味わえるというモノです。

さらに、Wi-Fi接続で本をダウンロード出来るというのも実に宜しい。ネタ切れの心配は当分なさそうです。

が、良い面があれば悪い面もあるのが世の習い。
・DS の充電器が今時「100V専用」…しかたなく変圧器カマしてます。
・意外と目が疲れる…
・微妙にありがたみがない…本の手触りってヤツが
・睡眠不足…気がついてみたらとんでもない時間だったというコトも
・ネタが半端に古い…元が「青空文庫」なので、著作権切れが前提。従って、明治大正期ばかりと。まぁ仕方ないか。

2007/07/27

当地の地名(通りの名前)

今日、7月27日は、「戦没者・傷痍者記念日」です。
…が、平日です。

さて、ベトナムは曲がりなりにも社会主義国家です。社会主義国家の通りの名前というと、ソ連の「どこの町でも、一番の大通りは『マルクス大通り』『レーニン大通り』と『革命広場』」という図式が想像されます。

こちらでは、たしかに、そういう威勢の良さそうな通りの名前もあります。(リンクはそれぞれWikipedia)
・Điện Biên Phư (ディエンビエンフー:第一次インドシナ戦争の激戦地)
・Cách Mạng Tháng Tám (8月革命:1945年8月の独立革命)
・Bar Tháng Hai (2月3日:ベトナム労働党(現:共産党)創設記念日)
・Cộng Hóa (共和)

しかし、圧倒的に多いのは、「人名」です。代表的なものをあげると、
・Lê Lối (レ ロイ:後記黎王朝初代皇帝)
・Lê Thánh Tôn (レ タントン:後記黎王朝5代皇帝)
・Nguyễn Huệ (グエン フエ:阮朝成立直前、清の干渉軍を破った)
・Hai Bá Trưng (ハイバチュン:1世紀に中国漢王朝に対して乱をおこし、勝利したTrưng Trắc と Trưng Nhị )
・Pasteur (パスツール:沿道に研究所があることかららしい)
・Lê Duẩn (レ ユアン:ベトナム労働党二代目書記長、ベトナム共産党初代書記長-旧南ベトナム大統領官邸・現「統一会堂」前の大通り)
・Tôn Đức Thắng (トン ドクタン:ベトナム民主共和国[北ベトナム]2代主席、ベトナム社会主義共和国初代主席)

ベトナムの人名は「石を投げればNguyễnに当たる」というぐらいなので、「Nguyễn なんとか」通り がやたらと多いのであります。そのため、「あれ?Nguyễn何通りだっけ??」という事態によく陥ります。
あるとき、暇に任せて、通りの名前の数を調べてみたことがありますが、その結果、
・Lê :31
・Trần :45 (Trần王朝)
・Nguyễn :100以上(数え疲れた…)

…もう、訳がワカリマセン。

2007/07/22

バクダン

バクダンといっても、別に"bomb"でも、Mac OS のアレでもありません。安酒でもありません。

当地では、"Bach Dang"という名前の付いたものを見かけることが、ままあります。
たとえばコレですね。


これは、Le Loi (レロイ)通りと Pasteur(パスター パスツールと読みそうになる)通りの交差点にある、ガイドブック級に有名なカフェです。

そのほかにも、中心部に"Bach Dang Hotel"があります。多くの日系企業が「社食」状態で使用しています-日本食基準の普通の値段で割と普通の日本の味(←褒め言葉)、盛りが良い日本食レストランです。
また、Saigon川には"Bach Dang 埠頭"というのもあります。

一体なんなんだ?と思って調べてみました。…えぇ、ヒマなもので。
当地の歴史博物館とWikipedia(en)で、答えは明らかにされました。
西暦938年(日本では平将門の乱の最中)、紅河デルタ(現在のハノイ-ハイフォンの区間)の一支流"Bach Dang"川にて、中国-宋王朝との戦いがあった場所です。これまで、イロイロとありながらも中国歴代王朝の支配を受けていたベトナムが、この戦いで独立を決定的にし、一線を画した歴史を歩むことになる、そういう転換点だったわけです。

ロシアの「アレクサンドル・ネフスキーの氷上の戦い」「ドミトリー・ドンスコイクリコヴォの戦い」、イベリア半島のレコンキスタ、アメリカ独立戦争、そんな位置づけでしょうか。

当地市内の地名も、そういう歴史地名がむやみやたらと多いわけですが、それについては追々。